私は雑兵

社内ニートが何者かになりたいブログ

【うつ病】辛い状況を話したときの「まだいいじゃん、俺は」という自分語りは糞

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うつ病というのは経験した人でないとわからないことが多い。
それが故にうつ病になったことのない人は「うつ病とか甘え」みたいなことを言ったりする。


実際に言われたこともあるし、言っている現場を目撃したこともある。

 

さて、そんなうつ病の時に大切なのは「辛い」という気持ちを吐き出すことだ。

今日はその辺について記載しようと思う。

 

うつ病の人より、そばにうつ病の人がいる人に届いてほしい。

 

【目次】

 

"辛いこと"を吐き出す重要さ

まずはうつ病の人が"辛いこと"を吐き出す重要性について少し記載しておきたい。

 

そもそも、人が"辛い"という気持ちを吐き出すとどういうことがおきるか。

 

一つは単純に声に出したり文章にすることで、『自分の中だけで抱えていたもの』から『他人と共有したもの』へ昇華するということがおきる。

一つの辛いを100だとすると、一人でかかえれば100だが、二人だと50になる。

ざっくりとした計算だが、鬱々とした気持ちを吐き出せは、解決しなくとも楽になることができるのだ。

 

二つ目は吐き出すことで「自分はこういったことに悩んでいたのだ」と理解ができようになる

原因や道筋を明らかにすることで、自分の中で鬱屈していたものを整理することができるのだ。
整理することができれば、客観的になることができ、"辛い気持ち"を感情的に見なくなる。

 

しかし、二つ目はともかく、一つ目の方は「他者と共有する」ことが重要である。

つまり他人がいないと成り立たないのだ。

 

では、うつ病ではない人が、こういった人と向き合うとき、どのような態度でいればよいのか。

 

「まだいいじゃん」は慰めではなく、攻撃の言葉だ

この言葉、よく聞く。

 

今でこそ回復したため聞き流すことができるが、この「まだいいじゃん」を慰めの言葉だと思っているのであれば、今すぐ認識を改めてほしい。

 

そもそも、相手はつらいという感情を受け止めてほしいだけなのだ。

その辛いという感情はだれから出てきたものか?相手である。

 

ではそこでもし、あなたが「まだいいじゃん」と言ってしまえば、相手から出てきた"辛い気持ち"はどうなるか。

 

そのすべてが否定され、地面に叩きつけられたのと同然である。

 

「まだいい」というのは比較の言葉だ。

つまり「俺に比べて、お前は苦労してなくていいよな~(笑)」みたいな意味なのだ。

 

こんなことを言われれば、普通のひとだってキレるわな。

 

"辛い"という気持ちは比較することなどできやしない。

何故か。そこには主観しかないからだ。


相手の主観を自分の主観を数値にして比較するなど、愚の骨頂である。

 

この言葉を言われた瞬間「あ、私の辛い気持ちを頑張って吐き出したのに、この人によって捨てられた」と思われても仕方がないのだ。

 

どうしていいかわからないなら、少なくとも傷つけないことだ

「じゃあどうしろってんだよ!面倒だな!」と思っている人がいるならば、うつ病の人に近づかぬことだ。

 

どうしてよいかわからないのは仕方がない。

それは先述したとおり、うつ病の気持ちはそれを経験したことのある人でしかわからないからだ。

(もちろん、理解できる人もいるが、ここではあえてこういう)

 

もしも、うつ病が理解できないのに近づけは相手を傷つけるしかできないし、自分自身の精神上もよくはない

だからこそ、そういう場合は一度、物理的にも時間的にも間を空けることをおすすめする。

 

大切なのは"自分"と"相手"は違うと理解すること

そもそも、相手と自分は違うものである。
そこを理解できなければ、相手と本気で交われることはない。

 

もしこれを読んだ誰かに「貴様の書いていることは糞」といわれても仕方がないと思う。

それは、書いている私と、そういう人は別人だからだ。

 

うつ病の人とそうでない人の相互理解には、この辺の観点が必要なのではないだろうか。

そう考えながら、この話は終わりにする。